『チャールズ・ウォードの奇怪な事件』を翻訳しました

およそ1年半をかけて取り組んでいた、ラブクラフトの最大長編小説、『チャールズ・ウォードの奇怪な事件』の翻訳が終わりました。現在、Amazonにて販売中です。

世界観が強い作品なので後書きなどで敢えて翻訳者として何かを語る必要はなさそうだと思い、これまで訳したものはどれも後書きなどは加えていなかったのですが、せっかくですのでこの場で後書き代わりに訳した内容などについて軽く触れておきます。


このチャールズ・ウォードの奇怪な事件は、前述したようにラブクラフトで最も長編の小説ですが、物語の作りが頑強で、結末を知ってから読むと『実はここでこういうことになっていた』というのが分かるような構造になっています。それはミステリー的でもありスリラー的でもあり、決して今読んでも古いとは感じない構成でした。

一方、ラブクラフトの小説は(特に長編の場合)物語の時系列が縦横無尽に変化し、例えば過去の話をしていると思うと未来の話を先取りしたりすることがよくあります。読者はこれに翻弄されてしまうこともあるでしょう。恐らく、これはラブクラフトの作品が奇書と呼ばれることがある一因になっていると思います。

今回翻訳する上では、長編となるこの物語の離脱率を防ぐため、文章をできるだけ読みやすく整頓しています。ただ一方であまりにするすると読めてしまうのもラブクラフト的ではないほか、『翻訳調』と呼ばれる文体が好きという人もいると思うので、バランスを取りながら翻訳したつもりです。

加えて、ラブクラフト作品は、『情景描写の美しさ』と『超自然の描写の恐ろしさ』の対比(あるいは本来は一心同体であること)を特徴としています。この物語でもその対比が強く表れているので、情景や風景の美しさの描写のときと、心理描写や超自然の描写のときでは、言葉使いに差を付けたりもしました。

また、物語のタイトルについて、原文を直訳すると「チャールズ・デクスター・ウォードの事件」のようになりますが、この物語についてGoogle検索をした際にはWikipediaにて『チャールズ・ウォードの奇怪な事件』というタイトルでヒットしたので、それに肖ってそのままタイトルを付けました。『奇怪な事件』は『奇譚』などにしても良いかと思いましたが、分かりやすさを重視した結果です。

このように、一応は色々なことを考えながら翻訳をしてみました。お楽しみ頂ければ幸いです。そして常々触れている通り、ぜひ堂本の翻訳を読んだ後で、他の翻訳もチェックしてみてください。どちらが良い・悪いということではなく、単純に翻訳者によって言葉選びや重要視した点が異なることに驚かれるかと思います。そうして『お気に入りの翻訳者』を探すのも楽しいはずです。


これで、ラブクラフトが原作である作品でめぼしいものはほぼ翻訳したことになります。ここから先、クトゥルフ神話に関連した作品を翻訳するとすれば、ラブクラフト本人のものではなく、同時代の他の作者のもの(例えば『黄衣の王』など)になっていくと思います。

あるいは、他の古典を自分なりに訳してみるのも面白いのではないかと思っています。不思議の国のアリスに挑戦してみようか、と思っていますが、どうなるかはまだ分かりません。昔、小泉八雲の『怪談』を翻訳したことがありましたが、あれも面白かったので改めて挑戦してみるのも良いかもしれません。

Akitsugu Domoto

Translator, wordsmith, speaker, author and part-time YouTuber.

https://word-tailor.com
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