翻訳のバリエーションを集めた本を作ろうとしています
2023年6月15日追記
募集中の翻訳は5月末までの予定でしたが、無期限に募集することにしました。
先日、YouTubeにて次のような動画を投稿しました。今回の内容は以下の動画の内容を文章でもまとめ、少し文字だからこそできる補足を加えておこうというものですので、よろしければぜひ動画の方をご覧頂ければ幸いです。
動画の内容は、タイトル通り、「色々な翻訳を募集中」というものです。
募集用のフォームは【こちらから】ご確認ください。
動機について
動画で触れている通り、この度、「ひとつの原文に対して翻訳のバリエーションを示す」という試みで本を作ろうと思っています。この翻訳のバリエーションとしてはDeepLと堂本の翻訳は掲載することを決めていますが、それではバリエーションを示すというにはあまりにも数が不足しているため、有志の方の翻訳を募集するに至った次第です。
このアイデアは、西尾維新の実験小説集である「りぽぐら!」に着想を受けています(現在は文庫で読むことができます)。同作品は特定のテーマについて文字を限定して小説を書くという実験的なものであり、限定する文字や文字数を変えながら、同じテーマについていくつかのバリエーションを提示しています。
そして、「同じ原文でも、翻訳者によって全く違うテキストが生まれるのではないか」、「それはひょっとすると面白いものが見られるのではないか」と思い、ひとつの原文からどれだけのバリエーションが生まれるのかを知りたいという思いから、そしてそれを本にしてまとめることができたら、翻訳の面白さや人間の創造力の提示になることを期待して、今回の企画をスタートすることにしました。やや見切り発車気味ですので、今後の進展はどのような翻訳がどれくらい集まるか次第となります。
もともと、僕は機械翻訳と人間の翻訳は共存が可能であるという立場であり、機械翻訳は有利に使えるならば使えば良いという考えでもあります。しかしこの両者が共存するためには、機械翻訳の圧倒的な情報処理速度や(クライアント目線での、少なくとも表面的な)コストパフォーマンスを上回る価値を、人間が翻訳する場合に掛かる時間的コストを上回るリターンを、提示しなければなりません。しかしそのプレゼン方法は、これまで「目の前の翻訳をちゃんとやる」というようなことでしか提示されてきませんでした。
そこで、「実際に翻訳のバリエーションを示す」ことを本にまとめて行い、多くの人に読んでもらうことを考えました。そうすることで、翻訳業界や翻訳学会というようなパラダイムの外に、人間翻訳の価値を知ってもらいたいと思ったのです。もちろん、これは単純な啓蒙であれば良いわけではなく、「バリエーションとして面白い」ものでなければいけません。そうでなければ市場にとっての価値にならないからです。しかし上手くいけば、市場に「機械翻訳じゃなくて人間の翻訳で読みたい」という需要を生むことに繋がるかもしれません。繋がらないかもしれませんが、これまでやってこなかったことをやってみることには、一定の価値があると信じます。
僕の考えでは、翻訳者はAIや機械翻訳と敵対するべきではなく、またその使用を推し進めようとする機運に”抗う”べきではありません。AIや機械翻訳が提示している価値と人間の翻訳者が提示している価値は異なるものですし、そもそも同じ線上に並んでいるものでもありません。並列はしていますし、時々交わりもしますが、どちらかがどちらかの邪魔になるようなものではないと思っています。だからこそ、AIや機械翻訳が提示できる価値が明らかになってきたことを受け、それを認めた上で、人間としてどういう価値を提供できるかを市場に示すことが大切だと思うのです。
今後の展望について
こういった取り組みが誰にどのような形で知られ、どのように受け入れられるかは分かりません。そのため、有志で翻訳を集め、本に収録することにした翻訳の作者(その通り、翻訳者は、作者となり得ます)にいくらかの、気持ちばかりの謝礼をお支払いすることを予定しています。これは、実際に本を出せるかどうか、また本を出した場合に権利関係で揉めることを避けるためです。
ただ、もしも今回の取り組みが何かに繋がったとしたら、次回の翻訳は特定の翻訳者に直接依頼をするということもあるかもしれませんし、別のやり方で翻訳を募集するということもあるかもしれません。今後どうなるかは何も分からないのですが、できるだけお互いに面倒を避けられるようにしていきたいと思います。
また、今回の課題文は権利関係を考慮してChatGPT4に特定のプロンプトを与えて調整して出力させたものを用いていますが、例えばそういった点をクリアできるパブリックドメインの作品や、そういった原文を原作者から頂けるということがあれば、次回はそうした原文について翻訳を募集するということもあるかもしれません。
翻訳の応募について
翻訳の応募は【こちらのフォーム】から送信して頂けます。匿名で送ることもできますので、参加ハードル自体はかなり低くなっています。逆に翻訳者名を送って頂ければ本の巻末に連絡先として記載も致します。プロだけでなくアマチュアの方(例えば英語を勉強中の方など)でも、自由にご応募頂ければ幸いです。
ただこのやり方だと、現在プロとして活動している方にとっては原稿料や翻訳料が確実に発生するわけではない(発生したとしてもお気持ち程度の謝礼となる)ことから、参加意欲に繋がらない、という方もいるかもしれません。今回は実験的な取り組みであること、また翻訳のバリエーションを市場に示したいという狙いが強いため、最初からプロの方に狙って打診せずに公募とさせて頂いておりますが、プロとして翻訳業で生計を立てている方がこの点のために食指をそそられないということも充分に理解できます。
もしもそういったことがあれば、ぜひこのホームページのお問い合わせ欄から、堂本まで直接ご連絡ください。普段のレートと、担当を希望する翻訳文についてご連絡頂ければ、予算的・内容的にお願いできそうかどうか一考させていただきます。もちろん、プロの方であっても公募のフォームからご連絡頂ければ一番スムーズです。普段はできないような”自由な翻訳”をする機会として頂ければ、これに勝ることはありません。
最後に
このような取り組みが果たして何に繋がるのか、あるいは何を得ることに繋がるのかは、まだ分かりません。ただ、分からないことをやるから意味があるということもあると信じることにします。