Problemに同格のthatは使えるか
先日、いわゆるコロケーションに注目して書かれた画期的な学習書として、IDIOMATIC 300 という本が発売されました。
コロケーションというものは言語学習をする上で非常に重要であるにも関わらず、様々な理由があって学習しにくいものであるとされていました。そこに現れた新たな学参ということで、個人的にもかなり期待をしていたのですが、内容は予想に違わず、素晴らしいものでした(でした、と言っていますが、読み込むのはまだ先なので、とりあえず一通りの印象や感想ではあります)。
これについてのレビュー動画もありますので、よろしければこちらもご覧ください。
さて、以下、この本を読むことに端を発する、ひとつの文法事項の掘り下げの記事です。やや専門的になるので、興味のある方だけご笑覧ください。
さて、この本を読んでいて、ひとつ気になった記述がありました。それは、同格の that を伴うことができる名詞のひとつに problem が挙げられていたことです。同格の that とは、例えば The fact that we learned it does not mean we understand it.(学んだからといって、理解したとは限らない)の中に含まれるような that です。
こうした同格の that を伴うことができる名詞は限られており、例えば「〜という内容の手紙」と言いたいときに a/the letter that S V のような言い方は規範文法的ではありません。どういう名詞がそれが可能で、どういう名詞が向かないのかについて、厳密な区別をすること、それに説明を付けることは難しいのですが、少なくとも実例を確認する限り、a/the problem that SV のような言い方は一般的ではない、または少なくとも awkward な言い方だ、というのが僕の認識です。
実際のところ、problem と同格の that は、むしろ「problem にはつかないから気をつけろ」と何かで学んだ記憶すらあるような気がしました。しかし最新の学参で、problem と同格の that は同時に用いることができるとあります。これは果たして僕の記憶違いか、それとも最近はそういう使い方も市民権を得てきたのかと思い、これについて軽く調べたので、以下、備忘録として書き残しておきます。problem と同格の that の用法について迷っている人の参考になれば幸いです。
ちなみにつけ加えておくと、こういう記載があったからといって、IDIOMATIC 300 の内容にケチを付けるようなつもりはまったくありません。あくまで 出発点がそこにあり、またその記述について深掘りしておくとこういうことが言える、という補足として考えて頂ければと思います。IDIOMATIC 300 自体は、中級者以上の英語学習者であれば、誰にでもお勧めできる良書です。より良い英文を書きたい人や、日英翻訳に興味がある人にもお勧めです。
結論から言えば、problem の名詞の直後に同格の that を用いるのは、非文とは言わないまでも、ちょっと崩れた印象か、あるいは少しぎこちない印象の英語になるだろうと考えられます。敢えて喩えようとするなら日本語の「ら抜き言葉」や「い抜き言葉」のような、「〜たり」が連続して使われていないような感じです(あくまで感覚であり、ぴったりそういうものではありません)。
ただ、a/the problem that SV のような言い方は awkward だとする一方で、例えば The problem is that we don’t understand it. (問題は、私たちがそれを理解していないことだ)のような英文はまったく普通で、自然です。つまり problem は、名詞の直後に同格の that を置くと違和感を与える場合があるものの、第2文型の補語の位置にthat節を置くことは非常に許容度が高いという特徴を持ちます。
The problem is that SV のような言い方は非常に一般的であるため、この意味においては、同格の that と problem の相性はむしろ良いと言えるでしょう。したがって、problem と同格の that を同時に使えるかどうかは、『名詞の後ろに置けるか』と『補語として用いることができるか』を分けて考える必要があります。
「problem が同格の that を取ることができるか」を調べる上で、まず比較的最近の辞書としてジーニアスの第6版を、比較用としてウィズダムの第4版を、英英辞典の参照として Longman の第6版を引きました。
まずジーニアスとウィズダムには「that節を伴うことがある」の記載があることを確認しました。ただ、例文を確認すると problem that の並びで同格の that と一緒に用いられている例文は確認できませんでした。
次に Longman については、that節を伴うような旨の記載がありませんでした。「that節を伴うことができない」という記載もありませんでしたが、problem を特別に同格の that と関連する語としては捉えていないようです。
次に、比較的新しい文法書として英文法総覧をチェックしました。この英文法総覧の586ページには「限定詞+名詞+that節」という一覧があり、例えば likelihood や doubt などのその他同格の that を伴う語が一覧になっていましたが、その中に problem は入っていませんでした。
こうしたことから、割と最近の辞書や文法書を手に取ってみても、problem の直後に同格の that を置いて良いとは明言されておらず、少なくとも用法として推奨はされていないのかな、という印象です。
ちなみに、コンパスローズ、O-LEX(第2版)、CORE-LEX(第3版)といった辞書も確認しましたが、これらの辞書には「that節を伴い得る」という説明自体がありませんでした。仮に problem が同格の that を伴い得る名詞だとすれば、どこかの辞書にその旨の記載がありそうなものですが、これといった記載がないということは、一般的な用法とは言い難いと判断されているのではないか、と推測しています。
何か答えのあることについて質問をすることに ChatGPT を使うのは避けた方が良いというのはよく広まった新たなネットリテラシーですが、使い方次第では参考情報を得ることができる場合もあります。
ChatGPT は大量のテキストを学習しており、「それらしい文章」を作ることに優れたマシンです。つまり、ChatGPT が出力する英文は、『文法的・用法的に、標準からは大きく外れていないはず』とある程度は期待することができます。そうした英文は、ChatGPT が実際の英文(実際に使われている英語)を学習し、その中から最も『自然である可能性が高い』と判断されている出力であるからです。
そこで、ChatGPT に problem と同格の that が同時に出現しそうな翻訳をさせてみました。その結果が次の通りです。
a problem that S V という、同格の that を伴う英文が出力されました。しかし名詞の直後に同格の that を伴う英文はこれだけでもあります。
このことから、a problem that S V という言い方は、少なくとも ChatGPT が学習し、ある程度の正しさの蓋然性があると判断する程度には、用いられることのある表現である、と言うこともできるのかもしれません。
ただしこれは、どういったバックグラウンドの人が用いた表現であるのかまでは遡ることができず、例えばネイティブはこうした言い方を滅多にしない一方、英語学習者がよく犯す間違いとして学習された結果である、という可能性もあります。そのため、「実際に使われている表現なのかもしれない」とは言えますが、「市民権を得ている」とまでは断定できないということになります。
ちなみにこの後、同格の that を用いることの文法的な正しさについて確認したところ、「自然な表現ではない」、「一般的な文体では言わない」と回答がありました。少なくとも ChatGPT の学習によるところでも、そういう判断であるようです。
以上が、problem という名詞に同格の that を用いることの是非についての簡単な調査でした。
総合的には、「そういう言い方をしても多分伝わるので、神経質に気にするようなことはないが、違和感があるとされる言い方ではあるので、別の言い方ができるならその方がベターなことが多い」というところでしょうか。例えば受験勉強や英語のライティングなどの回答では避けた方が無難ですが、会話の中で口をついて出てしまった程度であれば目くじらを立てられることはない程度ではないかな、と思います。