ChatGPT、DeepL、人間の翻訳の比較(英日)
翻訳は、異なる言語と文化をつなぐ重要な要素であり、ビジネス、教育、科学、エンターテイメントなど、あらゆる分野で用いられています。また、それは単純に言語を置換するというだけでなく、文化的理解なども含めた高度なタスクでもあります。そのため、最も優れた翻訳が必要であれば人間の翻訳者が担当することがベストプラクティスであることは間違いありません。
一方、機械翻訳や ChatGPT などの技術革新により、翻訳というタスクの一部がツールに委ねられる面も増えてきました。では、現状では機械翻訳や ChatGPT、そして人間の翻訳は、どれくらい差があるのでしょうか。
この記事では、ChatGPT、機械翻訳(DeepL)、そして人間の翻訳(堂本の翻訳)がそれぞれどのように異なるのか、一例を確認していきます。
検証について
今回の検証では、ニュース記事の英日翻訳と小説の英日翻訳の比較を行っています。機械翻訳にとって極端に苦手なジャンルや内容にならないようにしており、それぞれの翻訳結果には一切手を加えていません。日英翻訳の比較については、【別の記事】で取り上げています。
また、ChatGPT についてはプロンプトや試行回数、それまでの会話の流れによって、異なる結果が出る場合がありますので、あくまで一例となります。ただし、特別に文体を指定してはいません。加えて、堂本が翻訳する場合でも、状況や場合によっては直訳に近づけたりより意訳的にしたりと更に調整を入れることが可能なので、これもまた一例です。
最後に、それぞれの翻訳について、できるだけ客観的な目線から注釈を付けました。どの翻訳が『良い』のかについては翻訳の目的などにもよるので絶対的に断言することは難しいため、どういったポイントに注意するべきかを総括としてまとめています。
ニュース記事(英日翻訳)
原文
“The use of ChatGPT among job applicants has grown in popularity amid their concerns about their own ability to create a resume that stands out in a competitive job market. In Japan, it is customary for students to begin job hunting long before graduation. The job-hunting process is arduous, and there is a stigma around failing to secure a job before graduation.”
From: Japan Times
ChatGPT
競争の激しい就職市場で目立つ履歴書を自分で作成する能力に対する不安から、求職者の間でChatGPTの使用が人気を博しています。日本では、学生が卒業するずっと前から就職活動を始めるのが一般的です。就職活動は困難であり、卒業前に就職先を確保できないというスティグマがあります。
DeepL
ChatGPTの利用は、就職希望者の間で、競争の激しい就職市場で目立つ履歴書を作成する自分自身の能力への不安の中で人気が高まっている。日本では、学生は卒業のかなり前から就職活動を始めるのが一般的です。就職活動は大変なもので、卒業前に就職が決まらないということは、汚名を着せられるようなものです。
堂本訳
競争率の高い就職市場においてアピールになる履歴書作成への不安から、求職者の間でChatGPTの利用人気が高まっている。日本では、学生は卒業よりずっと前に職探しを始めるのが一般的で、こうした就職活動は大変な苦労であり、卒業前に就職が決まらないことは汚点として見られることもある。
総括
3つの翻訳のいずれも意味としては通じるものです。「ですます調」の統一は、DeepLのみできていません。stand out を機械翻訳は「目立つ」としていますが、堂本は「アピールになる」と意訳しています。
ほか、堂本訳では the job-hunting process という原文の the は「一般的な就職活動」を表しているのではなく「日本における就職活動」を表していると捉えており、訳文にもそれを表しています。
最後に、stigma をどう訳すかについて、ChatGPT は「スティグマ」、DeepL は「汚名」、堂本は「汚点」としています。もう少し意味を補って、「キャリアの汚点」や「職歴上の汚点」のようにしても良かったかもしれませんが、ここでは最小限の表現に抑えています。
小説の英日翻訳
原文
In my younger and more vulnerable years my father gave me some advice that I’ve been turning over in my mind ever since. “Whenever you feel like criticizing any one,” he told me, “just remember that all the people in this world haven’t had the advantages that you’ve had.”
From: The Great Gatsby
ChatGPT
私が若く、より傷つきやすい頃、父は私に何か助言を与えました。それは私がそれ以来ずっと頭の中で反芻しているものです。「誰かを批判したくなったときはいつでも」彼は私に言いました、「この世界のすべての人々があなたが享受してきた利点を持っていないことを忘れないでください。」
DeepL
若くて傷つきやすかった頃、父が私にくれた助言は、それ以来ずっと私の心の中で繰り返されてきた。「誰かを批判したくなったときはいつでも、"世の中のすべての人は、あなたが持っているような長所を持っていないことを思い出しなさい "と。
堂本訳
まだ私が幼く色々なことに傷つきやすかった頃に父がくれた、それ以来ずっと心に唱え続けている、ある言葉がある。
「誰かを非難したくなったときには、お前が持っている素晴らしいものを、誰もが持っているわけではないのだということを思い出しなさい」
総括
ChatGPT は日本語における句読法に標準的でない部分があり、DeepL は最初の括弧が閉じていません。実際の翻訳であれば、この辺りはまず修正対象になります。
また、原文で criticize となっている部分について、ChatGPT と DeepL は「批判」としていますが、堂本は「非難」としています。これは、『批判』という行為には相手を『責める』というよりも『諭す』や『諫める』といった要素が強い一方、『非難』である場合は相手を責めたり攻撃したりする気持ちが強く感じられるように思い、またここで『するべきでない criticize』に近いと考えられるためです。
全体の構造だと、ChatGPT と DeepL は『父の助言』の部分も地の文から一続きになっていますが、堂本訳では、「ある言葉がある」で区切って、改行してその言葉を挿入しています。
また、ChatGPT と DeepL は比較的原文に忠実に要素を取り出していますが、堂本訳では advice を『助言』とせず『言葉』にしたり、advantage を『素晴らしいもの』としたりなど、言葉の置き換えを積極的に行っています。
堂本訳の補足
この翻訳の悩ましいところとして、all the people haven’t had を全否定とするか部分否定とするかという点と、have had という現在完了をどう訳すかという点があります。
まず all … not については、「世界中の誰も持っていない」か、「世界中の誰もが持っているわけではない」のいずれかの解釈が可能です。現代英文法講義の p.661〜662 では、音の強調によってどちらの解釈も可能であり、ことわざでは all の右側に not が来ても部分否定になるものが少なくないとしています。今回堂本訳では、父から息子への警句としての言葉であり、金言のような響きがあったと考え、部分否定での訳を採用しました。
また、have had(およびその否定形)については、「advantage を経験してきたわけではない」や「advantage を持った経験がない」のようにするといかにも現在完了形的に訳せますが、ここでは単純な現在形とした方が収まりが良いと考え、堂本訳では「素晴らしい物を持っているわけではない」という訳にしています。
この部分の翻訳は、advantage に重きを置くか、「皆が皆、お前と同じような経験をしてきたわけではない」という部分に重きを置くかによって翻訳を調整する必要があると言えます。つまり、「お前は素晴らしい子だ、でも皆がそうじゃない」という言葉なのか、「誰もがお前と同じ人生を送っているわけじゃない。だから人は皆違う」という言葉なのか、ということになります。今回は前者で意味を取っています。
ちなみに、この言葉の意図について、書き手はこの後に続く部分で「私たちの会話はいつも言葉少なだったから、父のその言葉は、額面以上の意味があったのだろう」としており、前後の文脈から補うのもやや難しいところです。
まとめ
ChatGPT や DeepL においては、言葉選びにまだ一考の余地があるながら、意味を考える上では大きな誤訳と言えるようなものは、今回のテストでは見つかりませんでした。ただし、ニュース記事の the の取り方や、criticize をどう訳すかについては、全体のメッセージに影響を与えるものでもあるため、今回の翻訳でも特に注意が必要なポイントであったと言えるかと思います。
今回の翻訳はあくまで一例ですが、機械翻訳を活用する上でどういったポイントに注目するべきかを知る上でのサンプルにはなりそうです。こういった問題点を察知し、必要に応じて修正できることが、機械翻訳の利用におけるベストプラクティスに必須であると言えるでしょう。
また、今回の比較はMTPEを用いる場合の参考にもなるかと思います。例えば、MTPEを用いて翻訳作業を行った場合、今回の人間翻訳(堂本訳)のような翻訳成果は期待できません。そこまで編集を行うなら、最初から人間が翻訳するのと変わらなくなるからです。
したがって、上記の ChatGPT や DeepL の翻訳内容で充分であるような場合(また、上記のような質の出力が一定以上確保される場合)には MTPE を活用することも検討されますが、それでは不充分である場合、機械翻訳を翻訳作業に含むことは避けた方が無難ということになります。