機械翻訳(MT)を利用するMTPEは翻訳コストを削減できるのか?

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テクノロジーの進化によって機械翻訳の精度が高まり、また自然な翻訳が可能になって久しい昨今、これによって翻訳のやり方も変化してきました。その中で特に取り沙汰されるのが MTPE という手法です。これは Machine Translation Post Edit の略であり、機械翻訳でざっと下訳をしてから、それを人間がチェックすることで完成させるというものです。

一見すると、この手法を用いることで翻訳業務は楽になり、またそれに伴って翻訳のコストを下げることができるようにも思えます。果たして、それは事実なのでしょうか。以下では、MTPE によって翻訳のコストを削減できるのかについて、また削減するための条件についてまとめます。 


MTPEは翻訳者の労力削減に直結しない

結論から言えば、MTPEを用いることは必ずしもコスト削減に直結はしません。これは、MT(機械翻訳)の出力結果と原文を比較検討する作業が必要だからです。

機械翻訳の精度は、現状だと90%程度であるとされています。つまり、どれだけ楽観的に見ても、残りの10%以上の部分については修正が必要になることが想定されます。一見すると翻訳作業が1/10になっているように感じられますが、その間違った10%がどこにあるのかは明らかではありません。したがって、結局のところ原文を読み直さなければなりません。

これについて、ChatGPT などの技術が一般化したこともあり、AIの進化による精度向上に期待する向きがある場合もあります。つまり、精度が90%という前提が覆されるのではないか、という論調です。

しかし、仮に精度が90%を上回ったとしても、間違った部分の修正が必要であることには違いがありません。また、機械翻訳が流暢な出力をすることは、逆に混乱を招く場合があります。誤訳をしている場合や意味が間違っている場合でも『見た目が流暢』である場合、機械翻訳の出力だけを見て修正が必要な箇所を判断することができないのです。

このように、原文と出力された文を比較する必要があることから、MTPE による翻訳者の負担軽減は少なくとも限定的であると言えます。

もちろん、機械翻訳の出力が意味的には正確でも、表現が流暢でなかったり、「機械翻訳らしい」表現が残っている場面があります。これらの微妙な違和感を解消するためには、人間の手による校正が必要となります。したがって、間違っている10%だけではなく、それ以外の箇所にも必要に応じて手を加えねばならないということになります。

これらの作業を考慮に入れると、場合によっては最初から翻訳者自身が翻訳を行った方が楽であるとされることもあり、またそのように主張する翻訳者は決して少なくありません。

MTPEによって効率的に翻訳業務を行うには

一方で、特定のジャンルや修正範囲が限定的であれば、機械翻訳を利用して効率化が期待できることもあります。

例えばAIを用いている機械翻訳において、参考とするデータを原文に対して最適化できている場合、特定のプロジェクトにおいては機械翻訳を用いることである程度のクオリティの下訳を期待できるということもあるでしょう。

しかしこれを実現するには、大量の学習データが必要であり、突発的なプロジェクトにおいて対応することは難しいと言えます。また、仮にそういったデータを用いて機械翻訳を行うことができた場合でも、その翻訳が本当に一定のクオリティを担保できているかを判断する人材が必要になります。

修正範囲を限定的にする場合について考えてみましょう。これは、例えば『ある程度機械翻訳っぽい表現が残っていても構わないので、明らかに誤訳である箇所だけ直して欲しい』というような場合や、出力結果の文のどの部分をチェックする必要があるかが明らかであるような場合です。こうした場合には、事実上、翻訳業務の作業量が軽減されることがあります。

ただしこの場合にも、『明らかに誤訳である箇所』の分かりやすさの問題や、『一部だけチェックして欲しい』という場合にも正確な訳をするためにはその範囲外の文の内容をチェックしなければいけないというようなことがあり、実際に作業量が減るかどうかは場合によります。そしてもちろん、こうした限定的な修正になれば、翻訳のクオリティはプロの翻訳家が翻訳する場合と比較して大きく損なわれることになります。特にトランスクリエーションが必要な場合には、機械翻訳を下地とすることは不可能と言っても良いでしょう。

機械翻訳を用いる大きなメリット

機械翻訳を用いる大きなメリットは、コスト削減というよりも、『クオリティを大なり小なり犠牲にして、それなりの成果物を短納期で得られる』ことにあります。人間の翻訳者はキーボードを叩いて文字を出力するしかありませんが、機械翻訳はボタンひとつで(クオリティはどうあれ)結果を出力できます。このクオリティを問題としない場合の圧倒的な速度だけは、あらゆる翻訳家に勝る機械翻訳のメリットです。

したがって、例えば大量の翻訳を短納期で行わなければいけない場合や、とにかく急ぎの翻訳であるような場合には、機械翻訳や MTPE を活用することに意味が出てくる場合もあります。しかしその場合にはあくまである程度クオリティが犠牲になってしまうのであり、可能であれば充分な納期を確保した上で翻訳作業を行うのがベストプラクティスとなります。

どんなときでも、クオリティを維持するのであれば適切な人間が翻訳する以上のやり方はありません。翻訳量が極端に多い場合や納期が限られている場合など、人間の出力速度ではどうしても現実的でない場合、クオリティをある程度犠牲にしても良い場合には、機械翻訳が役立ちます。

専門家への相談

以上のように、MTPE を用いる上での効率化や、その妥当性については様々なケースがあり、その都度判断が必要です。そしてその判断をする上では、専門家の目線が不可欠でもあります。

したがって、MTPE を検討する場合、まず翻訳家に相談するのが良いでしょう。信頼できる翻訳家であれば、MTPE が妥当であり、それがコスト削減に繋がるような場合であれば、それを用いた翻訳を行っていくことを提案してくれるはずですし、逆に MTPE が妥当でない場合、その理由をしっかりと説明してくれるはずです。

もちろん、機械翻訳を用いる上ではプライバシーの問題なども関わってきます。例えば DeepL を利用する場合、有料版でなければ翻訳のデータを守ることができません。また、前述したように機械翻訳を使いこなすためには、『機械翻訳がなくても翻訳ができる』という能力が前提として必要です。したがって、例えば機械翻訳ツールを無料版で使用していてプライバシー保護に問題がある翻訳者や、『機械翻訳ありき』で翻訳をしているような翻訳者に依頼することは避けた方が良いでしょう。

まとめ

機械翻訳を使うからといって必ずしも翻訳業務が簡単になるわけではなく、またコスト削減にならない場合もあります。ただし、専門家が正しく使えば、短納期で大量の翻訳を行うことが可能になる場合もあります。機械翻訳を正しく使いこなすことは、ただ使うよりもかなり難しいのだと言えるでしょう。

まずはどのような翻訳の手法があり得るか、依頼時点で相談するのが良いでしょう。そして相談時点で違和感を覚えたなら、別の翻訳家に相談してセカンドオピニオンとするなどを検討するのもオススメです。

Akitsugu Domoto

Translator, wordsmith, speaker, author and part-time YouTuber.

https://word-tailor.com
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