人間の翻訳者を雇うリスクについて

先日、人間の翻訳者を雇うのはどのような状況かということについて記事を書きました。DeepL や ChatGPT といった翻訳に使えるツールのパフォーマンスが向上している今、敢えて人間の翻訳者に依頼をするべきなのはどういうときなのか、という内容となっています。

一方、人間の翻訳者を雇うことにリスクがないわけではありません(そもそも仕事を第三者に発注することに、常に何らかのリスクが生じてしまうものだからです)。そこで今回は、敢えて人間の翻訳者に仕事を依頼する上でのリスクについてまとめてみます。ただしこれは、『優れた翻訳者であればこうしたリスクを抱えない』ということであり、また優れた翻訳者として信頼されるためにあらゆる翻訳者が意識するべきポイントでもあるという形で役立てられることを期待するものです。


能力への不安

優れた翻訳者とのパートナーシップがあれば、能力について心配することはありません。しかし翻訳の外注が初めて必要になり、翻訳者を探すときには、適切な翻訳者を見つけることが難しく感じることもあるはずです。Lancers や Crowdworks、coconala などのクラウドソーシングサイトを使うことで多くの翻訳者候補を見つけることはできますが、能力は玉石混淆であるのが実情です。

適切な翻訳者を探す上では、まず実績を確認するのが良いでしょう。ある程度の実績があり、平均して良い評価を得られているようであれば、それなりに信頼できる能力の持ち主であることが窺えます。また、企業との取引があり、そこでも良い評価を得ているようであれば、大きな組織であれば翻訳内容の調査が行われる可能性があることから、『英語が分かる人から見ても良い翻訳をする』ということがある程度担保される場合もあります。

また、翻訳をする上ではマーケティングやSEOなどの実用面での知識や、翻訳内容そのものに対する専門知識が求められることが珍しくありません。英語力だけでなく、そうした分野の知識の有無についても、実績やプロフィールなどから確認しておくと良いでしょう。

炎上リスク、情報漏洩リスク

翻訳の発注に限った話ではありませんが、誰もがSNSを使えるこの時代、誰もが炎上する可能性を持っています。例えば、悪評に繋がるような炎上リスクが高いと考えられる発信を繰り返している翻訳者に翻訳を依頼することは、依頼元にも火の手が届く可能性を孕んでいることにもなります。そのため、依頼先の翻訳者が普段はどのような発信をしているのか、SNS上で仕事の裏話や曝露話をしていないかなどについては、余裕があれば確認しておくのが良いでしょう。

もちろん、常識的判断で考えれば、プロとして仕事をしている人間は自らが炎上しないように発言や発信をコントロールしているものですし、当然のこととして仕事の話をSNSですることはありません。しかし、例えば何らかの翻訳業務を依頼したいと考えたとき、複数の候補がいるなら、それぞれのSNSのアカウントをチェックすることが最終判断に繋がる場合もあるでしょう。

一方こうしたSNSでの発信が思わぬリーチを生むこともあります。良い面も悪い面もあるのがSNSですので、総合的に判断をすることが重要です。

サイロ化

翻訳は非常に専門性の高い業務であり、故にサイロ化しやすい面があります。例えば翻訳者の翻訳内容やその妥当性を実は誰も把握していないといったことになると、レピュテーションリスクや機会損失のリスクなどに繋がることがあります。これは翻訳者の翻訳能力不足に必ずしも原因があるわけではなく、翻訳する上での意向確認を得られていなかったり、あるいは意向の斟酌を誤ったりすることが原因ということもあります。

優れた翻訳者は、翻訳が何のために行われるのかを明確にし、その上でその目的に応じた翻訳を行います。また、その実務において説明責任を負います。そのため、翻訳について意図の説明を求められれば、必ずそれに対して適切な説明が可能です。翻訳内容がイメージしたものと一致しているかどうか、一致していない場合にはどのような齟齬があったかなどを確認することで、『翻訳者が何をやっているのか分からない』という状況にすることを防ぐことができます。

プロジェクト管理のコスト

何らかのタスクを外注する場合、そこに管理コストが割かれることとなります。前述のサイロ化は長期的なパートナーシップにおいて発生し得る問題と言えますが、こうした管理コストはプロジェクトごとに発生するミクロな課題と言えるでしょう。

優れた翻訳者は、プロジェクトにおける自分の立ち位置を理解している、または理解しようと努めています。そのため、翻訳の目的に合わせて、必要に応じてプロジェクトの全体像において翻訳がどこに位置しているかを共有することで、翻訳者とのコミュニケーションコストを下げることができる場合があります。

一方翻訳者の側でも、密に連絡を取れるようにする、メールやテキストでの対応時間を予め明確にしておくなどすることで、コミュニケーションにおける摩擦を減らすことができます。

品質のばらつき

特に巨大なプロジェクトにおいては、複数の翻訳者に外注することがあるかもしれません。このとき、翻訳者によって品質にばらつきが出てしまうことがあります。例えばゲームの翻訳を行うとき、複数の翻訳者が関わることで、特定の章の品質は良いが、別の章の品質は著しく悪い、ということが起こり得ます。

このような品質のばらつきを避ける方法として、ひとつには翻訳プロジェクトを統括する人物を配置する、またはチェッカーを雇うという方法があります。統括人物の配置の場合、これも翻訳の良し悪しを判断できる翻訳者を配置するのが良いでしょう。著しくクオリティの低い翻訳に対してNOと返したり、不測の事態が発生した場合にはその統括者本人が穴埋めをしたりすることが可能かもしれません。チェッカーを雇うのも類似した目的によるものです。

ただし統括責任者の負担が大きくなったり、それを軽減するために複数の品質チェッカーを雇う場合には結局それによる品質の許容度のばらつきが発生したりすることから、このあたりを総合的に解決するのには課題がある場合もあります。

一方、ツールが進化したことで、機械翻訳を正しく用いることができれば、個人が時間を掛けて出力する場合の最高品質とのトレードオフで、ひとりでも大量の翻訳を捌くことができるようにもなっています。機械翻訳の活用を取り入れている個人の翻訳者に依頼する場合、あくまで個人が翻訳のチェックを行うため、品質のばらつきが起こりにくいというメリットが見出される場合もあります。


以上が、人間の翻訳者を雇う上で起こり得るリスクについての解説となります。人間の翻訳者に依頼するか、それとも機械翻訳で済ませてしまうかというのは、どちらが良いという問題ではなく、ケースバイケースで判断するべき問題でもあります。

単純に言語の置換という一面だけを捉えるのではなく、包括的に判断し、最適な選択ができることが望ましいと言えるでしょう。

Akitsugu Domoto

Translator, wordsmith, speaker, author and part-time YouTuber.

https://word-tailor.com
次へ
次へ

人間の翻訳者が必要なときはどのようなときか?