人間の翻訳者が必要なときはどのようなときか?

堂本自身が翻訳者であること、また人間の翻訳には価値があると考えることから、このホームページでも『機械翻訳を正しく使うにはどうすれば良いか』や『機械翻訳が有効なのはどのような場合か』といったことについては何度か記事にしています。その派生として、DeepL や ChatGPT、Claude などの生成AIツールの精度比較なども行っています。

一方、『人間の翻訳者に依頼するのが良い場合』というのは『機械翻訳による出力で済ませるのが適切ではない場合』とおよそ一致します。そのため、これまで敢えて『人間の翻訳者に依頼するべきケース』については記事にしていませんでした。

しかし、単純に『機械翻訳ではないなら人間に頼む』という消極的選択でなく、積極的選択として人間の翻訳者が選ばれることが本来であればより望ましいと考え、本記事では人間の翻訳者を積極的に選ぶべき理由を主にまとめようと思います。


翻訳の責任を明確にしたい場合

これは『機械翻訳の精度が心配な場合』と言い換えても近しいのですが、より具体的には、翻訳の説明責任の所在を明らかにしたい場合、人間の翻訳者に依頼すると安心です。

機械翻訳の場合(また、その出力結果を人間が確認しない場合)、その出力内容に誤訳が含まれていたり、誤解を生む表現であったりした場合でも、その責任や説明責任は利用者が負うことになります。

しかし、人間の翻訳者に依頼する場合、(もちろんケースバイケースではありますが)翻訳に関する説明責任の多くは翻訳者が負います。翻訳者は自分が行った翻訳について『どうしてそのような翻訳をしたのか』を求められれば妥当な範囲で説明する義務を負うものであり、その意味で、依頼者は翻訳内容についてある程度安心を買うことができるというメリットがあると言えます。これは MTPE など、機械翻訳を下地としたもののチェックやレビューを翻訳者に依頼した場合でも基本的には同様です

もちろん、例えば、適切な翻訳をするために必要な情報が揃っておらず、翻訳者がそれを求めた際にクライアントと協力することができなかったり、MTPE の受注の際に元となる機械翻訳のクオリティが不充分であるために責任のあるレビューをすることが難しかったりすることは有り得ます。しかしそういった、『責任を負えない』翻訳については、プロの翻訳者はそもそも軽率に引き受けることをしないでしょう。

また、翻訳者に依頼することで翻訳の責任が“すべて”翻訳者に帰するかについては、社会通念上の判断や契約書に記載された条項が参照されることになります。この辺りについても、依頼時に明確にしておくと良いでしょう。

翻訳者の名前を明記したい場合

前述の翻訳の責任を明確にすることとも関連するところですが、翻訳者の名前を明記するのが好ましいような場合、人間の翻訳者に依頼する必要があります。

昨今、様々なものが生成AIによって生み出されていますが、仮に同程度のクオリティのものでも『どちらかと言えば人間が生み出したものの方が好ましい』と考える消費者やオーディエンスは珍しくありません。そのような市場参加者や消費者の心理を考慮する場合、AIで翻訳したことが悪印象になることが有り得ます。機械翻訳が社会に浸透していることから、これは必ずしもいつもそうなるというものではありませんが、例えばエンターテイメントなど『クリエイター』を応援する機運が非常に強い界隈では、一考する価値のあるポイントです。

翻訳者の名前を明記できることは、依頼者としてその翻訳者をリスペクトしていることを示し、また適切な報酬を支払っていること、加えて原文を非常に大事に扱っていることを示していることにもなります。その意味で、総合的にも信頼できるブランドであるという印象になることが期待されます。

翻訳者と協力して作品を広めていく場合

特に多くの人に作品やプロダクトをリーチしたい場合、翻訳者に実績として記載することを許可することで、結果として翻訳者が持つ影響範囲へのリーチが可能になる場合があります。これはプロダクトが狙う本来のターゲット層と一致していることもありますし、そうでない場合もありますが、いずれの場合でもチャンスを広げることには繋がります。

ただし、前述の翻訳者の名前を出したい場合にも通ずるところですが、翻訳者が何らかの理由で自分の名前を出したくないとしたり、宣伝することに協力できないとしたりする可能性はあります。そのため、依頼時点で翻訳後の展開についてNG項目がないかを確認しておく方がより安心です。


以上が、簡易的な『人間の翻訳者を積極的に雇うことのメリット』となります。細かく見ていくと他にも色々なメリットや融通の利きやすさ、期待されるクオリティ、トランスクリエーションローカリゼーションなどの専門性への対応などがありますが、それはおよそ『機械翻訳だとできないこと』に集約されるため、ここでは省略しています。

ただし、このようなことを考えて翻訳を依頼する上では、信頼できる翻訳者を見つけておくことが重要でもあります。昨今だと Lancers や Crowdworks といったクラウドソーシングサイトもありますが、こうしたサイトは玉石混淆で優秀な翻訳者を見つけるのが難しいかもしれません。一方、翻訳会社を通じて依頼をする場合にはある程度の質が担保されている翻訳者が作業にあたることになりますが、エージェントを通したやり取りになるため、細かいリクエストに対応が難しいような場合もあります。

優秀な翻訳者であれば、自分なりに何らかのホームページを持っていたり、あるいは積極的な発信をしていたりするものでもあります。なぜならそうした翻訳者は、ただ仕事が舞い込んでくるのを待つだけではなく、自ら得意分野や専門性をアピールし、より多くの潜在的な顧客にリーチすることが重要であることを知っているからです。


Akitsugu Domoto

Translator, wordsmith, speaker, author and part-time YouTuber.

https://word-tailor.com
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