YouTube広告と翻訳字幕を用いて海外展開するには

通常、YouTube で公開した動画は、いくつかを公開するうちにどういったエリアや属性に見られているかがデータとして集積され、例えば一度『日本で見られている動画』ということになると、アルゴリズム的に同じチャンネル内で海外展開することは難しいことがあります。そのため、例えば日本語で作成した動画に内容を翻訳した英語の字幕を追加したからといって、それだけでその動画を海外のユーザーに見てもらえるとは限らないということがあります。

では、海外のユーザーに動画を見てもらうには、どうすれば良いのでしょうか。この記事では、YouTube 広告を利用することがその一助となる可能性について考えます。

2024年3月27日追記: 新規のチャンネルでもYouTube広告を用いることは有効かどうかを調査しました。


YouTubeのアルゴリズムについて

YouTube のアルゴリズム(動画がオススメ表示される仕組み)については完全に明らかになっているわけではありませんが、あるチャンネルが動画を投稿し始めた場合、その動画がどこの地域や属性のユーザーに見られているかのデータが溜まっていき、その後そうしたユーザーにオススメ表示されるようになるという仕組みが存在しているようです。

このことは、例えば私たちが普段日本の YouTube チャンネルしか見ていない場合、通常(よほどバズっているものでなければ)海外の YouTube チャンネルがオススメ表示されることが珍しいことからも推測できます。また、自分の YouTube チャンネルのオススメ欄は、基本的には自分が興味を持てそうな動画になっていることが多いのではないでしょうか。

一方、普段から英語でも YouTube を見ているというユーザーには、日本在住でも英語の動画が表示されたりもします。しかしその場合でも、例えばフランス語、イタリア語、ロシア語などの動画が満遍なく表示されるということはないでしょう。つまり、YouTube には明らかに『普段のユーザー属性』と『新しく視聴者となる可能性のあるユーザー』を結び付ける傾向があります。

こうしたアルゴリズムは一見すると便利ですが、特に日本語という世界的にはマイナーな言語のコンテンツの場合、それを海外展開しようとした場合には逆に足枷になってしまうことがあります。例えば、折角英語字幕を作成しても、海外のユーザーにそもそも動画自体が届かないということもあるのです。

どのようにアルゴリズムを乗り越えるか

上記のようなアルゴリズムを克服する上での方法として、海外向けの動画をアップロードするための専門の YouTube チャンネルを作成するという方法があります。既に日本向けのチャンネルであるというデータが蓄積しているチャンネルではなく、新しく別のチャンネルを海外向けに育てるというわけです。

この方法は、長期的には非常に価値があるやり方だと期待できます。上記のアルゴリズムは基本的にはチャンネル運営者にとって助けとなるものであり、障害ではありません。海外向けのチャンネルであるという属性を得られれば、そこからはシステム的に優れたターゲッティングが自動で行われていくことが期待できます。

ただもちろん、(既に日本語の動画コンテンツがあるとしても)海外向けのチャンネルを一から育てるというのは簡単なことではありません。海外をターゲットにする以上、動画それ自体が海外向けでなければならないため、例えばただ日本語の動画に YouTube 上の機能で字幕をつけただけではユーザーは「自分のための動画だ」とは感じにくいでしょう。

そうなると、動画自体に編集で英語の翻訳字幕を追加したり、動画に吹き替えを行ったりなどのプロセスが必要になってきます(ちなみに、YouTube は既にアップロードした動画に字幕を追加できるのと同様、多言語に翻訳した音声の吹き替えを追加できるような機能を一部ユーザーの動画でテスト中とのことですが、それがいつ全体機能として公開されるかは未定です)。

しかし当然のことながら、そうして翻訳した字幕を追加したり、英語での吹き替えを行ったりして動画を再編集し、それをアップロードすることにはかなりの時間がかかります。特にこうした動画と合わせて行われる翻訳は動画時間やタイミングなどの関係もあり、専門知識がなければ DeepL や Google Translate といった機械翻訳(また、ChatGPT などの生成AI)を活用しにくい分野でもありますので、自力・自社対応が難しいことも多いでしょう。

せっかくなら、既にあるチャンネルとその動画をそのまま活用してチャンネルを海外に展開したいところです。そのための方法はないでしょうか。

YouTube広告を活用する可能性

話は飛びますが、上記のアプローチとは別の調査として、自分の YouTube チャンネルにて YouTube 広告(プロモーション)を行ってみました。実は YouTube では、YouTube Premium に登録していないユーザーの広告枠に、自分の動画を表示することができるのです。

今回のプロモーションでは、自分のチャンネルの宣伝というよりも、広告として表示されることを踏まえた上で『ぜひ知ってもらいたいこと』を宣伝しようと考え、『海外の一部翻訳家が意図的に日本のアニメを誤訳している話』の動画をプロモーションの対象としました。堂本のチャンネル登録者数が増えても増えなくても、この一件を知ってもらうだけでも価値があると考えたからです。

結果として、それなりの数の方に本動画に興味をもってもらうことができました(この場を借りて、チャンネル登録してくださった方にお礼を申し上げます)。そしてそれと同時に、海外の視聴者の方に動画内容が届いたことを確認しました。堂本のチャンネルはもともと日本語のチャンネルなので日本人のユーザーが多いのですが、今回のプロモーションでは(本動画には英語の字幕を追加していたこともあり)敢えて海外のユーザーもプロモーションのターゲットに含んでいたためです。

具体的な推移のデータは次の通りです。

*プロモーション開始日は2月19日

このことは、プロモーションによる海外へのアプローチは、既に設定されたチャンネルへの属性に制限されることなく、海外のユーザーにも届くようになっていることを表しています。では、このプロモーション能力を利用して、どうすればより効果的に海外ユーザーにアプローチできるでしょうか。


どんな動画に字幕をつけるか?

翻訳字幕を作成する対象の動画は、既に海外のユーザーの視聴者がある程度存在している動画にするのが最も望ましいでしょう。ある程度海外のユーザーが視聴しているということは、そういったニーズが存在する動画だということだからです。

どうやって字幕をつけるか?

英語に翻訳して字幕をつける方法は、主にふたつあります。YouTube Studio という投稿者用のツールを用いて動画に後からつけるか、動画のデータ自体に編集で字幕をつけるかです。これについては、広告(プロモーション)したい動画についてはデータ自体に翻訳字幕をつけた方が良いのではないかと考えられます。

YouTube Studio から翻訳字幕をつける方法は簡単ですし、また修正もしやすいと言えます。しかし、ユーザー側の設定で字幕設定をOFFにすることができるため、広告で表示された動画にぱっと見で字幕が表示されていないとスキップされてしまうかもしれません。一方、動画自体に翻訳字幕が表示されている場合、自分がターゲットである動画だとオーディエンスが理解できるというメリットがあります。

そのため、プロモーションする動画は英語字幕を編集時点で追加し、それ以外の動画については YouTube の機能で追加するのが良いかもしれません。

既に流行っている動画をプロモーションしたい場合は?

これから動画を作成してプロモーションする予定であれば上記のように翻訳して字幕を編集時点で作成することができますが、既に多くの視聴者が存在する動画をプロモーションする場合にはそういったことはできません。新たに動画データ自体に翻訳字幕を追加する場合、その字幕が追加されたデータは新しい動画としてカウントされるためです。

こうした場合には、ひとつには YouTube Studio の字幕機能を使って翻訳した字幕を追加し、その機能を ON にしているユーザーだけにでも見てもらうという方法があります。

もうひとつの方法は、その流行っている動画のダイジェスト版を作成し、そのダイジェスト版では字幕を追加するというやり方です。例えばそれは、YouTube Shorts の動画にしても良いかもしれません(ただし通常の動画と Shorts の動画ではユーザーの属性が異なる場合もあるので、この辺りのセグメントの設計は必須です)。

新たに作成したチャンネルでも広告は有効か?

実験を兼ねて、英語で発信するYouTubeを作成し、そのターゲットとして海外を設定し、その上でプロモーション広告を打ってみました。このチャンネルは字幕ではなく音声自体が英語です(YouTube上の機能で英語字幕もつけています)。

この動画のなかのうちのひとつである、『海外の一部ローカライザーが不適切な翻訳をしている件』に関する動画を、YouTube上でプロモーションしました。

以上は3月22日に開始した広告であり、3月27日時点での結果を示したものです。新規のチャンネルでも、プロモーションによってリーチを得られること、またチャンネル登録者を得られることが分かります。

一方、プロモーションでチャンネル登録者が増えたからといって、全体の動画の視聴回数が増えるとは限りません。そのため、単純にチャンネルを作ってプロモーションを行えば良いというものではなく、プロモーション経由でチャンネルを知ってもらった後にどうするべきかまで考えることが必要と言えます。


字幕翻訳はどのように行うか?

動画時間や、特定の発話や動画内容に合わせて字幕を表示しなければいけないため、字幕翻訳は分かりやすい制限が多い翻訳分野であると言えます。そのため、DeepL や ChatGPT、Claude などを用いて翻訳しようとしても、翻訳結果が長すぎたりするといった問題が発生し得ます。

これは人間が翻訳する場合でも直面する課題なのですが、こうした課題に対して、人間の翻訳者の場合、要素を取捨選択したり、より多くの意味を込められる単語を用いて語数を削減したりといった工夫をすることになります。例えば一例として、I like the book very much. とすると長すぎるのなら、I love the book. にする、というようなやり方です。これはあくまで一例であり、こうした関係にある語彙は様々です。

例えば音声データの書き起こしに書き起こしツールを使い、その書き起こしを機械翻訳で英語化すること自体は “技術的には” 可能だと言えます。問題は、その翻訳が字幕としての役割を担えるか、また担えるようにするためにどのような工夫が必要かを考えるところにあると言えるでしょう。

したがって、字幕翻訳を行う場合(特に効果を最大限発揮する必要がある場合)、機械翻訳を用いるにしても、その翻訳を調整する監督者の役割が必要になると考えられます。場合によっては全体的なリライトが必要になることもあるので、ゼロベースで人間の翻訳者に任せる方が総合的には良いということもあります。


以上が、YouTube 広告および翻訳を用いてチャンネルを海外展開することができる可能性についてのまとめとなります。

YouTube の仕組みやアルゴリズムについては刻一刻と変化していますが、全体としてのユーザー体験が大きく変化する(あるいは損なわれる)ようなものはない印象です。その意味で、アルゴリズムに対応してどうにかこうにかするというよりも、ユーザー体験から逆算してどのような施策を打つかを考える方が有益であると考えられます。

Akitsugu Domoto

Translator, wordsmith, speaker, author and part-time YouTuber.

https://word-tailor.com
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