「AIを使って誰でも翻訳家になれる」という講座があるらしいことについて

近年、AIと翻訳技術の進化によって、多くの人々が「簡単に翻訳ができるようになる」という期待を持っています。これ自体は良いことですが、その結果、AIを使用して「誰でも翻訳家になれる」と謳う講座も現れてきているようです。

これについて、【注意喚起の動画】を作成しましたが、あらためて記事としてもそのような講座についての警告を兼ねて、機械翻訳の正確な活用方法について説明します。


翻訳者のスキルが不可欠

AIと機械翻訳は便利なツールですが、その結果をそのまま信じるのは危険です。機械翻訳の内容が正確かどうか、文脈に合っているかどうかを確認するためには、翻訳者自身が原文と翻訳文の両方を理解する能力が必要です。

そして、それを実現するためには当然のことながら翻訳者自身にスキルが必要となります。つまり、機械翻訳を本当の意味で使いこなすには、機械翻訳の単純な精度やパフォーマンスを上回るだけの能力がユーザーに必要ということになります。

そうした能力がない状態で機械翻訳を使う場合、機械翻訳の出力に対して『ダメ出し』をすることができません。そうなると、結局機械翻訳をただ使っているのと変わらないということになります。つまり、『英語力が低くても機械翻訳やAIがあれば翻訳の仕事ができる』というのは、単刀直入に言って真っ赤な嘘です。

機械翻訳の真価

機械翻訳の真価は、その高速性にあります。人間が手動で翻訳するよりも、機械は圧倒的に早く翻訳を終えることができます。しかし、それは一定のクオリティを犠牲にすることが多いと言えます。特に専門的な分野やビジネス文書においては、機械翻訳だけでは対応が難しいケースも多くなるほか、機械翻訳が間違いを犯している可能性を意識できていないということは、知らず知らずのうちに間違えているというリスクを常に抱えているということにもなります。

こうした理由から、どのような業務や原文であれば機械翻訳を使えるかについての判断をするところから、翻訳家の専門性は発揮されることとなります。すべてが機械翻訳で解決するわけではないのです。

誰が機械翻訳を使うべきなのか

前述のように、翻訳能力が既にある人が機械翻訳を補完として使用する場合、作業効率を高めることができます。そして事実、こうした機械翻訳を翻訳業務の中に取り込んで効率化を目指すやり方を、MTPE(Machine Translation Post Edit)と言ったりします。

MTPEのPE(Post Edit)とは『その後の編集』を表すものであり、つまりMTPEとは、機械翻訳後に編集を加えることで機械翻訳が人間に対して劣っているクオリティを最低限補うことを目的とするやり方です。そしてもちろん、このMTPEを行う上では、機械翻訳ツールがなかったとしても翻訳ができるだけの能力をユーザーが持つことが大前提となります。言い換えれば、機械翻訳は「英語が分かる人」が使うべきツールであるとも言えるでしょう。

もちろん、言語の壁を克服するためのツールとして、英語についてよく分からないというユーザーが機械翻訳ツールを使うこと自体は間違っていません。機械翻訳を活用することで誰でもある程度の精度(一般には90%程度と言われています)で英語を読み書きできるようになるとすれば、『英語を学ぶこと』は義務教育における必須項目ではなくなるかもしれません。そうなれば、英語を学ぶのに費やしていた時間を、別のことを学ぶ時間に費やすこともできるでしょう。それは社会全体にとって、多様性の面からも非常に良いことであると思います。

しかしそれは、あくまである程度の間違いが含まれるというリスクを受け入れていることが大前提であり、機械翻訳を活用するべきでない領域(逆に機械翻訳で良い領域)をしっかりと区分した上でのアプローチでもあります。

怪しい講座に頼らず、基礎から学ぶ

「AIを使って誰でも翻訳家になれる」といった講座に魅かれるかもしれませんが、そのような主張は根拠のないものです。翻訳のスキルは一朝一夕に身につくものではありません。しっかりと基礎から学ぶことが重要です。翻訳を学ぶ上で講座を参考にすること自体は間違っていませんが、何も高額な講座に頼らなければいけない理由はありませんし、本を読むなどして自分なりに学びを深めていくことは充分に可能です。

そして何より、「AIや機械翻訳を使えば誰でも翻訳家になれる」という謳い文句は、命題として明らかに間違ったものです。この主張は、機械翻訳がどのような使われ方をするべきか、またその限界がどこにあるかといったことを完全に無視しています。少なくともこういった謳い文句の講座に参加する必要はないでしょうし、仮に参加したとしても、得られるものは非常に少ないでしょう。

ちなみに、堂本も、翻訳家になりたい方を応援する意味で『翻訳家になりたい人のための講座』を公開しています。様々な講座と比べて安価であるとは思いますが、もちろんこれを必ず受講しないといけないわけでもありません。

あくまで自分に必要だと思える講座や教材を慎重に選びましょう。そのとき、甘言に絶対に騙されないことが大切です。

ちなみに、動画のサムネイルやこの記事のサムネイルとして使っている講座告知画像は、「そういう講座がある」という話から堂本がイメージを膨らませて作った完全に架空の広告画像です。特定の講座だけに注意すれば良いというものではなく、こういった講座全般に注意が必要であるため、エッセンスらしいものを詰め込んでイメージで作りました。有り得ないとは思いますが、実際の講座募集画像としての転用は絶対におやめください。

参考として、「英語コーチングの悪徳講座に騙されないために」という内容の記事を公開しています。悪評が目立つ講座の特徴について触れていますので、合わせてご参考ください。

*完全に架空の広告画像です。無断転用は禁止とさせて頂きます。また、このような謳い文句のサムネイルには注意してください。

Akitsugu Domoto

Translator, wordsmith, speaker, author and part-time YouTuber.

https://word-tailor.com
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