データに見るAI翻訳の進化予測と人間翻訳の共存
ChatGPT や Claude、Grok などのAIツールの進化により、MTPE といったアプローチが広く用いられるようになってきた一方で、それでも人間が担うべき翻訳はどのような分野や内容であるか、といったことが議論されています。これについて、人間が担うべきはトランスクリエーション(transcreation)であるとされたり、ローカリゼーション(ローカライズ)であるとされたり、またはそもそも MTPE を用いることの効率性が疑問視されたりすることもあります。
これについて、少なくとも現時点(2025/04/28時点)では、機械翻訳の進化の『減点要素』は少なくなっているものの、『加点がある翻訳』はいまいち進んでいない印象です。また、減点要素が少なくなっているとは言え、まだまだ誤訳やハルシネーションの問題は解決したとは言い難いのが現状です。そうした点を踏まえると、特に創意工夫が必要な翻訳(トランスクリエーション、ローカリゼーション、エンターテイメントのコンテンツの翻訳など)が人間の手を完全に離れることは考えにくく、それ以外の分野についても、人間によるチェックが不可欠な段階にある(そのチェックをどれだけ効率化できるかが議論されるべきである)という点はおよそ間違いはないでしょう(参考: 機械翻訳の正しい使い方 / 人間の翻訳者が必要なときはどのようなときか?)。
では、これからの進化についてはどうでしょうか。この記事では、(翻訳に限らず)AIのパフォーマンスがどのように伸びを見せてきたのかをデータに則って確認しつつ、それが翻訳という業務やタスクにとってどのような意味合いを持つかについてまとめます。
データ分析とAIのパフォーマンスの進化
上記のブログで扱っているのは、AIエージェントがどれだけ長時間のタスクをこなせるかを表した Time Horizon Graph です。このグラフによれば、AIに何らかの作業を行わせたとき、それが2時間で完了するまでの内容であれば、人間よりも成果を出すことができるとされています。一方、完了に2時間以上掛かるようなタスクの場合、人間の方が良い成果を出すようになることもグラフに現れています。
これについて、2024年末の時点で、最新AIが完了に2時間かかる仕事までは人間よりも上手くできる傾向にあったこと、それ以前の伸び率について分析してみましょう。すると、2028年の後半には数週間かかる仕事をAIに任せた場合の信頼度は50%になり、数日で完了するタスクであればほぼ100%の信頼性で任せることができるようになる、と数値上は予測できることになります。
では、実際にこの数値上の予測はどれくらい確実性があるのでしょうか。ブログによれば、2028年までは少なくとも同程度の成長が期待されるのではないかとされています。その間にAIの信頼性が一定のレベルに達すれば、その傾向はさらに加速するだろうとする一方で、AGI(汎用人工知能)における革命が2030年までに起こらなければ、その後の伸びは緩やかになるとも予想されています。
加えて、こうしたデータはあくまで性能を量るためによく整理されたタスクがメインであり、より煩雑なタスクについてはAIはまだ苦手であるともされています。このことから、煩雑なタスクやハイコンテキストなタスクについては、2030年時点のAIも苦手とするのではないかと予測されてもいます。さらには、人間が行えば何時間もかかる作業をAIは一瞬でできる一方で、人間なら一瞬でできることがAIには数時間もかかるということもあり、上記のような時間比較はあまりに単純化されているという指摘もあります。
翻訳分野への影響
上記の内容を踏まえると、『翻訳業務がAIによって置き換えられるか』という問いへの答えは、『翻訳業務をどれくらいの時間がかかる仕事だとするか』を考えることに始まるとも言えそうです。
例えば、ある短文を翻訳することそれ自体は、数分、あるいは数秒ということもあるかもしれません。このような仕事であれば、人間の翻訳者が担当する場合でも、DeepL などの機械翻訳ツールや ChatGPT を始めとする生成AIにやらせる場合でも、さほど違いはないかもしれません。
しかし一方で、短文であっても、その背景を調べたり、翻訳後の表現が目的などに合っているかを考えて判断したり、前後関係から違和感がないかをチェックしたりすることが含まれると、同じ短文を翻訳するために数時間かかるという見方もできます。
つまり、DeepL や ChatGPT などに翻訳をさせる場合、その翻訳とは『背景知識の調査』や『翻訳表現の精査』、『前後関係との照合』などといった、『煩雑なタスク』を含まないものである(あるいはそれと同等のレベルの翻訳である)と言い換えられる可能性があります。このことは、『機械翻訳にできない翻訳とは何か』という、翻訳者がよく自問自答する問いに対して、改めて力強い示唆を示しているとも言えるでしょう。
翻訳は『煩雑なタスク』か?
翻訳者の立場で考えるなら、翻訳は間違いなく煩雑なタスクです。翻訳の下調べやリサーチ、翻訳後の調整はもちろんですが、翻訳の受注から納品までというより広い視野で考えるなら、スケジュール調整やエージェントやクライアントとのやり取りなどもその仕事の中に含まれることになります。それは間違いなく、AIが苦手とする煩雑なタスクであると言えるでしょう。
ただし、翻訳に対する世間のイメージが『単純なタスク』である場合には、市場の判断が『機械翻訳で充分』に偏っていく可能性はあります。また、ビジネスのスピードに合わせるため、翻訳の仕事の一部または全体を単純化し、そこを機械翻訳で置き換える、ということもあるかもしれません。言い換えるなら、翻訳業務にAIを導入することは、翻訳というタスクをどこまで単純化できるか(あるいは単純化しても良いと考えられるか)という問題であるとも言えそうです。
翻訳に掛かる時間は?
翻訳というタスクの開始時点と終了時点をどこに設定するかというのは個人差がありそうですが、単純に考えるなら、大量の翻訳を行う必要がある場合には、それだけ時間がかかると言えます。つまり、翻訳において少なくとも結果のクオリティだけを見るなら、大量の翻訳をするなら人間の方が高品質な翻訳をするとも言えるでしょう。
例えば関連情報や背景情報といった条件を一致させた場合、短文であればそれだけシンプルである傾向にあり、そのためAIも誤訳しにくくなりますが、大量の文を同時に翻訳させる場合には関係性が複雑になり、誤訳が発生しやすくなります。こうしたことを鑑みると、『AIや機械翻訳ツールの真価は短期間での大量翻訳にある』というスローガンについて、『その場合にはより人間による監視が重要である』という注釈が付きそうです。
今後のAIの進化と翻訳業務について
総じて見ると、AIが進化することにより、『より単純な翻訳』や『短時間で完了できる翻訳』は代替され得ることが分かります。もちろん何を『単純』とし、どこまでを『短時間』とするのかは議論の余地があり、慎重な判断が必要です。
一方、『煩雑なタスク』としての翻訳や、『長期間のタイムフレームで管理』するような翻訳は、AIで代替できる部分が小さいとも言えます。それと同時に作業の効率化や翻訳のスピードアップはビジネスにおいて重要なので、『翻訳にまつわるタスクのどこを単純化できるか』を考えたり、『単純化してはいけない領域はないか』を考えたりすることが、より重要度を増していくと考えられます。