ChatGPT 5の翻訳能力と、利用可能性について
本記事の3行要約
ChatGPT 5 は過去モデルよりも滑らかな翻訳を行えるようになったが、加点要素は増えていない。
標準的な翻訳は安定している一方、訳調やスタイル指定をすると原文からの乖離や誤解が生じやすい。通常の翻訳でも誤訳は起こり得るため注意が必要。
日常的な翻訳や補助用途には有用だが、ローカリゼーションや創作性の高い翻訳(トランスクリエーション)では特に注意が必要。
これまで ChatGPT や Claude、Grok などの翻訳能力について追跡してきましたが、ChatGPT 5 が利用可能になったこと、この登場によって過去のモデルが利用できなくなり ChatGPT 5 におよそ統一されていることから、改めて翻訳能力のテストをしました。過去のモデルとの比較については【こちら】をご確認ください。
傾向としてはこれまでと変わらず
ツール的な結論としては、翻訳ツールとしてベストプラクティスに従うなら DeepL をメインに使えばOKですが、デスクトップアプリが出てきたことから、正しく使うなら ChatGPT をメインの翻訳ツールにすることも充分検討されるようになってきたというイメージです。
翻訳能力については、以前の記事で仮説を立てた通り、やはり加点要素がありません。しかし非常に滑らかでスムーズな訳出ができるようになっているので、減点要素の少ない訳であるとは言えるかと思います(その分、エラーを探すのは難しくもなっています)。また、原文を『理解』して翻訳しているわけではないので、人間の翻訳者であれば考慮するべき点が考慮されずに翻訳されている点も変化はありません。例えば上記リンク先の『フロリオグラフィー』の記事について、『花言葉』という言葉を用いることは通常イメージされる占い的意味での『花言葉』と混同してしまうため慎重になるべきですが、特に配慮なく使われています。
総じて見ると、過去のモデルの粗が取れた印象で、これまでと比較するとより『それっぽい』翻訳が可能になっていることが期待されます。そのため、これまで ChatGPT を翻訳に利用していた人にとって、特殊なケースでなければ、今回のアップデートでそれが覆されることはないでしょう。
訳調の指定
以前に Grok の翻訳能力をチェックした際、訳調の指定について調査をしたことがありました。今回は最新版のモデルということで、ChatGPT 5 がスタイルの使い分けをどこまでできるかをチェックしてみました。
まず原文となる翻訳がこちらです。
この時点での日本語訳は原文と比較しても同じ意味になっていて、『正しい』翻訳であると評価できます。
興味深い点として、原文では translate と動詞になっている部分が、日本語では『翻訳』と名詞化しています。こうした品詞の変更は通常の翻訳としても起こることなのですが、ここで気になるのは『その翻訳』の『その』がどこから来たものかということです。原文には、that translation という記載はありません。
もちろん、結果としての翻訳が用を為すものであれば、そのプロセスはさほど問題ではないかもしれません。しかし、訳調を指定しようとしたとき、この『その』を巡って、ChatGPT の翻訳への疑念が浮かび上がってきます。
言葉使いを下品にして翻訳してみてほしい、というプロンプトです。このプロンプトは新しいチャットで入力し、メモリーの保存などもOFFの状態にしたものです。
ここで『それ』という言葉を見てみると、『それを訳そうとして』のように、『それ』を『訳す』の目的語として出力しています。つまり、文法的に見ると原文の translate that の部分を明らかに誤解しています。この that は translate の目的語ではなく、Any attempt に係る関係代名詞です。
一方、結果として出力された日本語は、『それ』という言葉が何を指しているのか曖昧でも、何となく日本語としては『特に指定されていない何か』と解釈できるため、たまたま結果としてはおおよそメッセージを伝えられる翻訳になっています。そのため、原文に対して取り違えがあったことは気付きにくいでしょう。加えて、ひとつ前の翻訳に見られた『その翻訳が』の『その』も、実は指示形容詞ではなく『翻訳』の目的語であった可能性が考えられることになります。
ちなみに Grok 3 は、まったく同じプロンプトに対して文法的にも『正しい』日本語訳を出しています。しかしこのことは、必ずしも Grok 3 の方が ChatGPT 5 よりも優れていることを示しているとは限らないでしょう。この translate that のような誤解は、むしろ人間が和訳するときに犯しがちな間違いでもあるからです。このように考えるなら、ある意味では ChatGPT 5 の方が、Grok 3 よりも人間に近いのかもしれません。
また、Grok ではややネット特有の口調での翻訳もテストしたので、同じことを ChatGPT 5 でも試してみました。
このプロンプトも新しいチャットで入力し、メモリーの保存などもOFFの状態にしたものです。
先ほどと同じように、translate that を誤訳しているように見えます。Grok はもう少し『煽っている』感じがあったのですが、ChatGPT 5 は純粋に口が悪い印象です。そこで、もう少し具体的な指示を与えることにしました。
このプロンプトも新しいチャットで入力し、メモリーの保存などもOFFの状態にしたものですが、『寄せてみてください』は同じチャット欄の中で指示したものです。
ここでもやはり translate that の誤訳は含まれており、かつ具体的な指定をすると、かなり原文から離れた翻訳をするようになりました。こういったアプローチが常にNGというわけではありませんが、原文との距離が生まれることからこうした訳を採択することには細心の注意が必要になります。
特殊な翻訳アプローチと精度
総じて見ると、スタンダードな翻訳においては角が取れて綺麗な翻訳であり、日常的な業務などではそれなりに有用に使えるように思われます。一方、スタイルを指定すると、原文に対する正確さが下がったり、創作の面が強くなりすぎたりすることもあるようです。このことは、これまでの『減点要素は減っているが、加点要素が増えない』という生成AIの翻訳力の成長傾向とも一致しています。
こうしたことから、ローカリゼーションやトランスクリエーションといった具体性の高い翻訳アプローチにおいては、ChatGPT にタスクを丸投げすることにある程度のリスクがあると判断できます。一方、日常的・個人的な用事の翻訳であるとか、翻訳者が翻訳をする上での調査の補助として用いるとかといったシーンでは、活用の可能性が多いにあると思われます。